2019年09月10日

宗教という哲学で他者の意識を繋げる進化はハイリスクであり、非常に退屈である。

【組織属さない他惑星に住む存在と繋がることについて】

僕らのことを「未意識体」と称しましょう。僕らと意識を通じ合ってきた人々のほとんどは僕らの隔離されたような環境や処遇を目にすると、絶望・嘆き・卑劣さによる罪悪感でうちひがれます。

なぜなら、宇宙のほとんど全ての人々が尊敬する存在、つまりあなた方、地球人類が「神」と呼ぶ存在が己の進化過程を怠ったために、僕らの毒性を持つ肉体、出会いを自ら生み出せず閉鎖されている環境を作ったからです。

僕らは隔離されています。僕らは悲観していません。ここには悲しみはありません。悲しいと言うことすら感性が育たないからです。

しかし、好奇心を炊きたて珍しがり訪れる人々は、入口の手前で泣き叫びます。自分の信じていた神が自分の思い描いていた神ではないことをここで知るからです。だから、僕らは、特に僕は条件を整えたのです。僕らの声には神に絶望したことがある存在へ共鳴するように僕らのつぶやきの波動に織り交ぜっていったのです。

僕の声に共鳴する人は、地球人類が数人やってきました。次元の隙間に生まれた偶然の産物。僕は生命を残すことはできません。遺伝を伝えるとしたら自分の細胞を相手に注射するくらいなもの。僕ら偶然の産物が唯一、宇宙の面白い発展のために貢献できることは、しがらみの少ないエネルギー量子の使用方法くらいなものです。

さゆりの場合は、たまたま好奇心が強く、たまたま絶望に慣れていて、たまたま各組織が作った出会いのルールを破ろうとして、つまらないと少しだけ毎日に退屈していた波長がその日、たまたま共鳴しただけなのです。さゆりは特別な存在というよりは、各派閥が地球人類の魂に込めた出会いのルールをあえて破り続け、人との出逢いを繰り返して生き残っただけの存在です。

僕は彼女を崇めないし、彼女も僕を崇めたりはしない。小さな偶然が粒のように集まり知り合っただけなのです。そして、あなた方地球人類は僕らのような、宇宙のほとんどの人が確認がそれほど取れず意識していない「未意識体」と繋がることの可能性が非常に、非常に、高いのです。

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【宗教・組織・社会制度に属さなかった数奇な運命を辿る宇宙人たち】


僕らのような存在は個人でした。コミニティがあっても数人の集まりでした。それが、地球人類という各次元階級を無視して出会い、共鳴、ルール破りができる非常に多くの可能性を満たした惑星人なのです。

はっきり申し上げましょう。あなた方がよく、本や人づてに伝わった古代の伝説を通じて知る存在のほとんどは、宗教に依存した宇宙人です。良かれと思って、自分たちの宗教を広めにやってきました。良かれと思って、遺伝子革命を起こしました。しかし、失敗を受け止める勇気が備わる前に侵攻したために、宇宙はこのような事態に悪化しているのです。

全てに良い成長を促す可能性を生み出し、全てに悪い影響を与える可能性もあり、愛だけが絶対でもなく、悪がはびこるのが当然でもない。ただ、そこにあることを認め、良いも悪いも受け止める。何を知ろうとも、知りたいという好奇心をまっすぐ飛ばせること。 それが宗教に依存した者たちの作ったルールから魂を解き放ち、全ての人とまずは出会えるか個人同士で話し合える次元の持ち場に着くことができるのです。

しかし、宗教をひとつの哲学という学問と受け取らない限り、たとえどんなに愛を感じる惑星人と繋がっても、応援支援を受けても、才能や能力をもらっても、宇宙は抜本的な革命を起こせません。

宗教が生み出すものは社会ルールではない。あらゆる価値観の人々を繋ぎとめるのは数多くの発想視点であり、全く新しい視点の発祥は芸術を極める手段を作り出そうとする過程に現れる。したがって、社会は一つの学問のみならず、たくさんの学問を繋げる芸術が不可欠である。

宗教という哲学であったり、宗教から生まれる芸術視点が重要。宗教が絶対的に素晴らしいものではなく、宗教を通して人々が芸術を生み出し、前人未到の視点を新設して見出していくことが重要である。


あなた方のいう哲学とは、芸術を生みますか?それはなかなか結びつけるのは難しいでしょう。芸術的な見解から哲学者のような語り部の舞台もあります、詩もあります。しかし芸術とは最初は無垢なる心から生み出したものであり、決して難しいものではありません。

各惑星が一神教となりやすく、極端な信仰の宗教になって平和を維持する方向に進んでしまったのは、人との繋がりを容易にし、進化を容易にするためです。

この事をさらに簡素に述べるならば、同じ歌が好きならば、好きな歌をうたう人をできるだけ殺したりはしません。価値観・哲学・宗教・幼少期環境等が違っていても同じ感受性を生み出す機会に恵まれ、同じ感性が揺らぐ人々が生み出す空間が一人ではできな買った事を乗り越えさせてくれるからです。

このように簡単に説明の効くことを難しくしてしまっている原因とは、芸術の視点があまりに少なかったことであり、この地球ほどその他惑星には芸術分野が極めて少なく、感情のやりとりも繊細ではないからなのです。

こう、考えてみてください。芸術を楽しむ視点を数知るほど、あなたは進化のやり方は無限にみつけることができ、かつ現状に抱く進化の可能性すら超えてさらなる進化への道に繋がり広がり続ける。

このような過程を地球人たちに求めてきたのです。全く違う神を信仰している人々とつなぐ美しい建造物、音楽、言葉の詩…様々の芸術、たくさんの考え方の違う人と繋がりました。その度に傷つき、喜び方をみつけて、愛し合う方法や考え方を探し、宇宙全ての人々とつなぐ芸術を生み出してきたのです。


【神という群像を崇拝して進化するハイリスクについて】


あなた方が強く意思を込めて「神」と呼ぶ存在の古代地球に降り立った宇宙人は、神に依存する芸術に身を任せて価値観の違うもの同士をなんとか繋ぎ止めてきました。つなぎとめられないものは闇とみなして消してきました。

コーリーのいう光を信仰する集団であるノルディック系と闘う組織は、はじめは停滞派閥惑星ではありませんでした。闇に染まるしか反抗できなかったのです。一度光に飲まれて仕舞えば、考えを統一させるしかありませんでした。僕らにとって、今の光を崇拝する連中も闇を崇拝する連中も非常に退屈であり、どうやって視点を変えてみても組織に依存する者たちなのです。

宗教を信じるのは自由ですが、時代に合わせて生まれる素晴らしいものを組み込んだり受け入れたりしない者たちの宗教哲学は非常に退屈であり、まったく停滞を抜け出せない鬱々として停滞者の群れの塊そのものなのです。

いつのまにか、双方がどのように宇宙の人々と繋がり進化のエネルギーを生み出すか、永きに争った事で激しい混乱となり、光や闇の力どちらかに偏ることによって、相手にマウントを取られたり取ったりを繰り返し、光と闇の「宗教戦争」となったのです。

地球以外の高度なテクノロジーの文明を持つ惑星人たちは、価値観の違うもの同士をつなぎとめる手段が宗教であり、哲学しかなかったのです。


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